
このたびBambinart Galleryでは、堀聖史 個展「あくびのそと」を開催いたします。 電車の窓に映る人々や、瞬く間に流れ去る風景。そこでは、さまざまなイメージが重なり合いながら現れては消え、目に映ったものを記憶にとどめようとする間にも、次の光景へと移り変わっていきます。堀聖史は、こうした日常の視覚体験を通して、私たちが世界をどのように見ているのか、そして目の前にあるものをどこまで捉えることができるのかを問い続けてきました。 ふと目に飛び込んでくるあくびが、全てを飲み込むような強烈な印象を与える。 この場所はその公共性ゆえに、むやみに写真に収めることができない。そのため多くの人の記憶において、ここでの体験は曖昧なものとなっていく。さらに窓の外に見える全てのものは、今この瞬間も瞬く間に飛び去っていく。イメージを掴もうとするその僅かな間にも、神聖幾何学のような看板や、あらゆる存在の紋章やサイン、伸ばし棒や句読点のような光線が背後に消えていく。私が小さな頭で考え出したテーマやモチーフは、そうした克明で俊敏なイメージの隙間や周囲を、幽霊のように居場所なく漂っているに過ぎない。 すべては過去でも未来でもなく、今、私の目の前にある。線路に対して垂直に開かれた窓のような「今」という瞬間において、私にできるのは目撃するために目を開き続けることだけだ。 駅に着くたびに人々は席を立ち、また新しい人が乗ってくる。その服や仕草、肌の構成はその度にそっくり入れ替わり、頭と頭の間に覗く景色や反射の正確な奥行き・形さえ捉えることはできない。そうして、あくびが伝染するように日常の中心に開口部が開かれていく。それは森の入口のように私を招き入れるが、無闇に立ち入ってはならない。私はそのあくびをただ眺めていればいいのだ。私はこれからその中へ入っていくのではなく、その中から来たのだ。 この公共性と過剰な情報量は、イメージを完全に我が物とすることから私を引き留めてくれる。それでもここに絵があるのは、その開口部の中身を知ることを放棄する代わりに、その外観の素晴らしい構成や色彩を、取り分けてもらったのだ。 これまで堀の個展ステイトメントでは、消えていく風景と記憶の喪失(「ランタイムのともだち」/2019)、見る主体と見られる世界の衝突(「まなざし仮面」/2020)、見えるものの向こう側への想像(「ヘアリー・フェアリー」/2021)、目に映るものの実体や時間への疑念(「過去虹」/2022)、知覚そのものへの疑い(「甘い目」/2023)、そして目には見えないもの同士の結びつきと時間への思索(「マジックタイム・スイートホーム」/2024)が、さまざまな言葉で語られてきました。そこに一貫しているのは、世界を自分の認識によって確定させることへのためらいと、知覚の及ばない領域に対する想像力です。 今回の作品において、人物の顔や動物を思わせる形態、記号的な図形は、鮮烈な色彩とともに画面のなかで重なり合い、互いの輪郭を侵食しながら共存しています。そこでは、個々のイメージを特定し、意味を読み解くことだけでは捉えきれない、形態や色彩の関係そのものが前景化します。 世界を見ようとすることと、世界を捉えきれないことのあいだで、絵画はいかにして生まれるのか。本展は、堀聖史のこれまでの探究を引き継ぎながら、見ることと描くことの関係をあらためて問いかけます。
館の公式サイトの紹介文を、そのまま載せています。 出典で読む ↗
11月7日から
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祝日休館
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