1814年豊後国(現大分県)生まれの南画家(1907年没)。文人画家・田能村竹田の養嗣子・門人として画を学び、師の画系を継承した。煎茶文化の振興にも尽力し、京都に日本初の公立絵画学校である京都府画学校(現京都市立芸術大学の前身)の設立に関わり初代摂理を務めた。山水・花卉を得意とし、近代南画の重鎮として知られる。
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