1888年京都市生まれの洋画家。聖護院洋画研究所(後の関西美術院)で浅井忠らに学び、1907年に渡欧してアカデミー・ジュリアンで学びセザンヌに傾倒。1914年帰国後は二科会、のち一水会で活動し、独自の日本的油彩画様式を確立。梅原龍三郎とともに昭和期を代表する洋画家とされる。1952年文化勲章受章。1955年没。
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