
「大きな声で叫びたくなるようなこともありましたよ」澄子さんはそう言って笑った。「でも、ここから海を眺めていると、段々落ち着いてくるんです」 この度、photographers’ galleryでは企画展として橋本倫史写真展「ドライブイン」を開催する運びとなりました。橋本倫史は、ライターとして雑誌をはじめ様々な媒体で取材・執筆活動をする一方、これまでいくつものリトルプレス(自費出版の小冊子)を制作してきました。 『月刊ドライブイン』では、北は北海道、南は沖縄まで、計22ヶ所のドライブインを取材し、それぞれのドライブインに流れている時間やそこで働く人々の声が、橋本のテキストと写真によって丁寧かつ詳細に記録されています。本展では『月刊ドライブイン vol. 1-12』に収録された写真を中心に、橋本のテキストとともに展示いたします。 photographers’ gallery・KULA PHOTO GALLERY/インクジェットプリント、カラー、44点。 大人になるまで、ドライブインの存在を知らなかった。1982年生まれの僕は、家族でドライブに出かけたときに立ち寄るとすればハンバーガーショップかファミリーレストランで、ドライブインに入ったことは一度もなかった。 きっかけは原付で旅に出たことだった。鹿児島で奇妙な建物を見つけ、原付を停めて近づいてみると、それはドライブインだった。そこから東京に引き返すあいだ、何十軒とドライブインを見かけた。すでに廃墟と化したドライブインも多かった。これだけの数が存在しているからには、ドライブインの時代があったに違いない。そう思って、日本全国のドライブインをめぐる旅に出た。 一軒一軒のドライブインが創業されるまでにはドラマがあり、その場所にドライブインが創業されるのにも理由があった。それを拾い集めてゆけば、日本の戦後の姿のようなものが浮かび上がってくるのではないかと思い、『月刊ドライブイン』というリトルマガジンを創刊した。 そうして記録を重ねるうちに僕が惹かれていったのは、何十年とお店を切り盛りしてきた店主たちの人生だ。ドライブインを利用するのは、観光客であれトラック運転手であれ、移動の途中に立ち寄る人たちだ。店主たちは何十年と一つの場所に留まり続けながら、笑顔で客を迎え続けてきた。ここにある写真は、その姿を記録したポートレイトだ。 松本清張「ゼロの焦点」の舞台となった能登金剛。これを見下ろす断崖絶壁に建つ「ロードパーク女の浦」は、かつて観光バスで溢れ返っていた。 「ほとんどお客さんはこないけど、ボケ防止のために続けるつもり」90歳を過ぎた今も、晃子さんは店に立ち続ける。 帯広から東へ70キロ走ると、ドライブイン銀座が現れる。観光名所がある町でもないのに、5軒ものドライブインが建ち並んでいる。ただし現在も営業を続けているのは「ミッキーハウスドライブイン」ただ1軒だ。
館の公式サイトの紹介文を、そのまま載せています。 出典で読む ↗
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