
1941年福岡県生まれ。1998年永眠。 本名・立石紘一。 少年期を筑豊の炭坑地域で過ごし、1961年に上京、武蔵野美術大学短期大学芸能デザイン科に入学。 第15回読売アンデパンダン展 (1963) に玩具や流木を貼りつけたレリーフ的作品 「共同社会」 を出品、針生一郎ら評論家の絶大な支持を集める。 1964年東野芳明の企画による南画廊での 「ヤング・セブン」展 、および初の個展となる 「積算文明」展 で、旭日旗のイメージをとりこみつつ立体的なロゴ等の広告的表現による作品を発表し、日本ポップ・アートの嚆矢としてさらなる注目を浴びる。 またこの時期から漫画を雑誌に発表しはじめ、1968年からはタイガー立石のペンネームを使用するようになる。 1969年渡伊し、ミラノに滞在、欧米各地で個展を開催。 1971~74年にはオリベッティ社のエットレ・ソットサス工業デザイン研究所に嘱託として在籍し、イラストレーション等を多く手がける。 またミラノ滞在中の1969年頃から、漫画の如く分割された画面をもつ 「コマ割り絵画」 を描き始める。 1982年帰国、その後も油彩画、掛軸、屏風、陶土のオブジェなど表現を多様に変化させながら作品制作を続ける。 1990年の市原での個展以後、立石大河亞の名を使用。 1992年アルティウムで多次元パノラマ絵巻展、1994年郷里田川市美術館で 「立石大河亞1963―1993展 筑豊・ミラノ・東京、そして…」 展を開催。 1998年心不全のため永眠(享年56)。 没後1999年に田川市美術館で「立石大河亞展 THE ENDLESS TIGER」展、O美術館で 「メタモルフォーゼ・タイガー 立石大河亞と迷宮を歩く」 展が開催され、以後も「Tokyo 1955–1970: A New Avant-Garde」(The Museum of Modern Art、ニューヨーク、2013)、「立石大河亞:タイガードラマの迷宮」(青森県立美術館、2015)、「世界が妙だ!立石大河亞+横山裕一の漫画と絵画」(広島市現代美術館、2016)、「パロディ、二重の声ーー日本の一九七〇年代前後左右」(東京ステーションギャラリー、2017)など、個展やグループ展の形式を問わず、国際的に数多くの美術館で作品が公開され続けている。 2021年から2022年にかけては、大規模回顧展「大・タイガー立石展」が開催された。(同展は千葉市美術館、青森県立美術館、高松市美術館、埼玉近代美術館、うらわ美術館に巡回) コレクション 千葉市美術館、千葉 高松市美術館、香川 広島市現代美術館、広島 田川市美術館、福岡 国立国際美術館、大阪 東京都現代美術館、東京 福岡市美術館、福岡 北海道立近代美術館、北海道 埼玉県美術館、埼玉 板橋区立美術館、東京 宮城県立美術館、宮城 パリ市立美術館、パリ 青森県立美術館、青森 中京大学、愛知 オリベッティ社、イタリア アレッシィ、イタリア ドイツテレコムアレッシィ、ドイツ 森美術館、東京 府中市美術館、東京 豊田市美術館、愛知 東京ステーションギャラリー、東京 M+、香港 高橋龍太郎コレクション
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