
父の遺品の中に大量の写真が残されていた。写真を生業としていたから当たり前ではあるが、あまりの多さに驚き、またうんざりもした。 父はリアス式海岸に面した東北の町で生を受けた。子供の頃から病弱であったため、行く末を心配した親の意向で十代のころ仙台の写真館に弟子入りをしたらしい。その後上京して浅草のK写真館で修行を続け、満州へ応召後、日本橋の百貨店の写真室で定年過ぎまで肖像写真を撮り続けた。 個人的にも写真の好きな人で、現在のパパラッチよろしく傍若無人に何処にでも潜り込み、臆することなくシャッターを切った。学校の式典では勝手に会場に出没するため居合わせた者は気を揉み、またお祝いの席ではあれこれポーズをつけお預けを食わされるので、父の写真は家族にはあまり評判が良いとはいえなかった。しかしながら何かの折に親戚が集り昔話が出たとき、必ず引き合いに出され、また誰もが記憶している印象的な写真が何枚か存在した。残された写真の中にはそれらも生き続けていた。そんな話を画家の友人にしたところ一度発表をという話が出て、この写真展を企画することになった。 今回の展示に当たり、ネガが不在のため複写して大きなプリントをと考えていたが、父の意図した光のニュアンスや暖かさは再現不能との若い写真家の意見に従い、オリジナルを見ていただくことにした。状態の劣化はご容赦いただきたい。これらの写真は昭和20年~30年代に撮られたもので、内容は家族、知人、好きだった音楽の関係と極めてプライベートなものであるが、並べてみると戦後の復興期の時代の空気を色濃く反映していることに驚かされる。今と比べ誰もが貧しかったがどこか溌剌としており、父も若く張り切って写真に取り組んでいたのだろう。我々は好む好まざるに拘らず時代の申し子なのだ。ご覧いただく皆様には、これらの古い写真に興味を持っていただければ幸いである。
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