
画像:G foundation collection Tokyo ↗
私が初めてエレナ・トゥタッチコワの作品を知ったのは、写真集『林檎が木から落ちるとき、音が生まれる』でした。ロシアの田舎で、夏のひとときを過ごす子どもたちを追った写真集です。川で泳いで、焚き火をしたり、走ったりする写真。ページをめくっていくうち、たちまち世界に引き込まれてしまい、写真集を見終わると、自分の子供の時代の記憶が強く揺さぶられるような感情を持ったのを覚え、しばらく呆然としてしまいました。その感覚は、長編アニメシリーズを最終話まで見終わったあと、その世界から抜け出せなくて立ち止まってしまうあの感じです。気がついたら、自分がその夏の中にいました。 エレナ・トゥタッチコワは、ひとつの土地に深く入り込み、そこで過ごす時間の中から作品を立ち上げていく手法を特徴としています。ロシアの村では、7年にわたり毎年夏に同じ子どもたちのもとへ通い、日本においては北海道・知床半島の付け根にある峰浜に5年通い続けました。 こうした手法は、一見すると、特定の土地をリサーチし、その成果を作品化するプロジェクト型の実践に近く見えます。しかし、エレナの仕事はそこから少し離れている。彼女の作品において、土地の人々の暮らしは、客観的に記録される対象ではありません。それはエレナ自身の個人的な物語と交錯し、記録と記憶、現実と虚構の境界があいまいな場所に置かれています。 ドキュメンタリー写真が「そこで何が起きたか」を伝えるものだとすれば、エレナの写真は、見る者の側に「何かを思い出させる」ものだと言えるかもしれません。写っているのは確かに現地の生活なのに、それが自分の記憶のように感じられてしまう。私が写真集で味わった、あの不思議な体験の正体は、たぶんここにあるのだと思います。 ロシアの夏なのか、自分の子どもの頃の記憶なのか。現実なのか、フィクションなのか。その区別がつかなくなる。 けれども、もしかすると、それこそが夏という季節の本当の姿なのかもしれません。誰のものでもあり、誰のものでもない、あの夏の記憶。
館の公式サイトの紹介文を、そのまま載せています。 出典で読む ↗
11月1日から
行きたいに入れると、会期が始まる前にお知らせします
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