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浅田邦博の作品を一つの光景として眺めるとき、そこには遠ざかる時間を感じる。連綿と続いてきた美術史からの失踪であり、絵画的記憶からの失踪である。逃げても、逃げても、尚、それは絵画でありつづけるという意味で、彼は絵画の臨終を延々と引き延ばしている。その行為のなかで立ち現れるのは、やはり画家の描くという精神の発露であって、クジラの潮吹きや、解読不能な呪文や、古代の銅鐸を思わせる記号はどこにも行きつくことなく、その光景のなかで仮死の時に耐えている。おかしみと、軽やかさは、円熟の表れである。
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