
生き物がある時期に死を迎えるのと同様に、モノにも色々な要因で役割を終える時期が来る。それらのモノにはそれを使用してきた人や存在していた空間の記憶が 染み込んでいるのではないだろうか。私は古いものに出会った時にそのモノが持つ得体の知れない気配のようなものを感じることがある。ならばその気配に注視して引き出してやろうじゃないか。消費社会のゴミになってしまったこれらのモノが秘めている何か大事なメッセージを聞き取ってみたい。目に見えないが、感じることを表現できるのは芸術の仕業であろう。(吉野祥太郎) 吉野祥太郎は1979年東京生まれ。「土地の記憶」を表現し、国内外の美術館やギャラリー、多くのオルタナティブスペースや野外で作品を発表している。彼の代表作となる「地面を持ち上げる作品」の意味する地面とは記憶の堆積であり、そこに堆積した歴史を優しく汲み上げ、表出させることにより「場」に対する影響、そこに関わる「人間」に与える影響、その場所と人間との関わりを考察させ、心の奥深くにある意識を揺さぶることにある。 今回の個展では、主に日常にある使い古されたり役目を終えたように見えるものに、それらが存在していた場所の土を使用し埃のように堆積させる事で、それらのモノたちが内包していた時間を引き出すことを試みている。昨年、国分寺の634展示室での個展で発表された、街の風景をその街の土で再現する立体作品から発展し、以前から吉野の作品の世界観にある荒廃したイメージの中から生まれる新しい生命やそのものが持つ記憶を具現化するような作品となっている。宇宙があり、銀河系があり、地球があり、そこに私たちが存在しているように、あらゆるモノの周囲には私たちの目には見えない世界が漂っていて、明らかにそこに 現実のものとして存在する古い道具や廃材などに土の造形が加わることでその世界を具現化し、そこから外の世界への広がりと関係性を構築していく。それは芸術家としての社会との関わりとなるのである。
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