1919年大阪生まれ福井育ち、1972年没。京都市立絵画専門学校卒業。1949年に下村良之介らと前衛的な日本画家集団パンリアル美術協会を結成し「パンリアル」の名称を発案、宣言文を起草、後に会長に推された。段ボールや木片を画面に定着させ、人体の内臓器官をモチーフとした「人体曼荼羅」など実験的作品を制作した。
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