むかしむかし――二十年以上も前のこと。これらの写真は、私が写真を始めて最初の一年間に撮影したものです。 当時は気づいていませんでしたが、私はまさに「正しい場所に、正しいタイミング」で居合わせていました。 すべては2001年の夏の終わり、日本に一年間滞在するためにやって来たことから始まります。その少し前、私はカメラというものが単に考えを説明するための道具ではなく、世界を記録し、照らし出してくれる素晴らしい相棒なのだと知りました。 当時も今も、カメラは私にとって一種の入門書のような存在です。街や、そこに暮らす人々へと意識を向けさせ、注意深く観察するきっかけを与えてくれます。ただ、その力は今よりも当時のほうが強かったかもしれません。 若さのおかげで、今ならおそらくしないこと、あるいはできないこともたくさんしました。そして当時の東京にも、今とは少し違う空気がありました。街にはもう少し雑多な魅力があり、人々ももっと自然体でした。今ほど自意識や自己演出に縛られていなかったように思います。 それに、フィルムはまだ手頃な値段でしたし、大学の暗室も自由に使えました。良い時代でした。 本展に並ぶ作品は、古いネガから新たにプリントしたものです。フィルムを現像した当時の私は、これらの写真をうまくプリントできるだけの経験を持っていませんでした。まだ準備ができていなかったのでしょう。 それから二十年以上ものあいだ、これらのネガはアメリカ・ネブラスカ州のクローゼットの中で静かに眠り続け、私がその可能性を見出せる日を辛抱強く待っていてくれました。 私はこれらの写真を見るのが好きです。けれど、不思議なことに「思い出」として見ているわけではありません。実際、その多くは撮影したときのことすら覚えていないのです。 それでも、写真の中の光景は撮影された日からずっとこのままです。写真とはそういうものなのでしょう。 それらは人生の道筋に置かれた道標のようなものです。変わったのは、それ以外のすべてです。 そう考えると、私は今、これらを撮った頃のほぼ二倍の年齢になりました。 この写真たちは、23歳だった自分への郷愁を呼び起こすわけではありません。しかし、2000年代初頭の東京を懐かしく振り返るきっかけを与えてくれます。 同時にこれらは、街のなかで、社会のなかで、そして私自身のなかで、何が変わり、何が失われたのかを示す証拠でもあります。
館の公式サイトの紹介文を、そのまま載せています。 出典で読む ↗
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