
「誌面開放」は、三名の作家によるプリント作品を約三時間ごとに掛け替えてゆく、連続個展としてのグループ展である。迫鉄平・西澤諭志・五十嵐愛実ら参加作家は、コンビニのネットプリントで出力することを前提とした平面作品を委嘱される。それらの作品は、キュレーターの手によって会場近隣の店舗で印刷されたのち、アーティストの指示に基づいて展示空間に搬入・設置され、順次掛け替えられてゆく。鑑賞者は屋外から窓越しに作品を鑑賞することになる。作品の内実に関しては、各作家への全面的な白紙委任を旨とする。 さて、このたび観覧に供される諸作品は、実のところ、事後的にある書物の「誌面」を構成する。それらは展示終了後、同時に開催されている一般非公開の催し「思い出し、製本」の中で「製本」される展覧会「無宿」(於・札幌、2025年8月)の記録集に綴じ込まれるのだ。したがって、本企画はその形式において、『美術手帖』誌の野心的な試みであった「誌面開放計画」(第24巻第359号、1972年10月)や、1970年にニューヨーク近代美術館で開催された「インフォメーション」展のカタログなど、制作の行為主体性【エイジェンシー】や複製=再生産【リプロダクション】の問題を探究した美術史的諸例にオマージュを捧げるものである。 しかしながら、それだけにとどまらず、われわれは、時間的・空間的に固有な個別的実践の公開範囲をいかに画定しうるか・すべきかという問いに対して、パブリシティ(宣伝)とパブリケーション(出版)とを実演しつつ、高度なプライバシーの実現によって応答したいと考えている。上述の催しを機縁としつつ、あくまで独立した形で挙行される本展は、裏面で遂行されている発表【リリース】されざる営みを(文字通り)遮蔽しながら、同時に、その遮蔽の事実じたいは開けっ広げに広報することで、「思い出し=再成員化[re-membering]」(©︎ジェイムズ・クリフォード『ルーツ』)の試みに、もう一つの漏出線を引くことになるだろう。 ◇中本憲利(なかもと・けんと)|1999年東京生まれ。批評家/インディペンデントキュレーターとして、展覧会や上演の批評・企画に取り組んでいる。近年の関心領域として、批評的審級としての〈作者の生〉、ミュゼオロジーとアーカイブの理論的拡張、思想史における〈習慣論〉の展開など。主な仕事に、作家論「索引(INDEX)」(綾野文麿『Why Don’t You Dance?』2025年12月)、展覧会評「型について」(近刊)、展覧会+図録出版 飯島暉子個展「室内経験」(Marginal Studio/文華連邦、2021年)、雨宮庸介との対談(「CURATION⇄FAIR Tokyo」内、2026年1月25日)がある。2026年は、いくつかの作家論を書き、キュレーション(広義)を実施してゆく。哲学専攻。
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