
「誰かを搾取することなしに、楽しく世界を欲望するには?」 絵手本とは近世・近代に出版された、絵のお手本が印刷された本、いわば絵の教科書だ。 人物、動植物、風俗、歴史故事、外国の文物……など内容は多岐に渡り、当時の百科事典的な役割もしていたらしい。 これと筆一本があれば、世界のありとあらゆるものを描くことができる(そしてそのまま懐に収めてしまうことができる)というわけである。 それはきっとすごくワクワクすることだっただろう。 こうした絵手本は明治時代の学校教育にも影響を与え、図画の授業は絵手本の模写が中心だったそうだ。 コロナ禍で美術館も図書館も閉まり、授業もリモートだった2020年、私は個展「うつしのならひ 絵描きとデジタルアーカイブ」(ロームシアター京都)を開催した。* 大学などの所蔵機関が公開している絵手本のデジタルアーカイブからリンク集を作り、それぞれ模写してみて、「誰でも、どこからでも」絵を学ぶことのできるモデルを提案する、という趣旨だった。デジタルアーカイブの模写は、端末とネット環境さえ用意すれば誰でも実践可能だ。絵手本もデジタルアーカイブも、どんな人も同じようにアクセスできる点で、画期的で魅力ある媒体だと感じた。 3年経った今、私自身の「誰でも、どこからでも」という謳い文句をふりかえる。それってあまりに楽観的な気分に根ざしてはいなかっただろうか、と思う。用意した1つのシステムに誰も彼も当てはめることができると考える暴力的な面を、見落としていたのではないか? 今回、3つの絵手本をモチーフに作品を制作した。 1つは1932年(昭和7年)に文部省が発行した『尋常小学図画』、1つは1937年に日本統治下の朝鮮で総督府が発行した『初等図画』。どちらも10歳前後の子どもたちが使う教科書だ。 もう1つは1852年にイギリスで出版された絵画指南本、Robert Scott BurnのThe Illustrated London Drawing-Bookで、のちに改訂版を川上冬崖が翻訳した『西画指南』(1871)は日本の図画教育の起点となっている。 ずれながらも共通する絵柄を模写していると、お手本の線の内に潜む、ある欲が浮かび上がってくる。すなわち、支配欲。 10歳の子どもが持ちうる欲を腑分けしていく必要があると思う。誰かを搾取することなしに、楽しく世界を欲望するために。
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