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2018年冬、私は北海道東沿岸部に点在する戦争遺跡のトーチカ内部にいた。トーチカは第二次世界大戦末期、アメリカ軍の侵攻を想定し急造した建造物である。終戦まで造られ続けたが、実際に使われることはなかった。 建物には銃眼と呼ばれる敵を撃つために設けられた小さな窓がある。そこにいた人々は、窓からの景色をどのような眼差しで見ていたのだろうか。あるいは、建設作業場までの道すがら海の先をどのように見ていたのだろうか。次第に私は風景と敵に対する眼差しについて考えるようになった。 終戦から78年が経ち、当時を知る人々もいなくなりつつある。トーチカに関する資料はごく僅かで、語り部もほとんどいない。それでも建物内部に関する記憶や道中に見た風景に関する話を探してみたが、記録として残されていなかった。それは、共有されるべき情報としてアーカイブから外された言葉や記憶であることを示している。 記録されなかった言葉や記憶をどのようにして想像することが出来るのか。恐らく不変的な存在を媒介に想像を試みることになるだろう。潮風が吹き込む窓であったり、遠くから聞こえる波の音など、何気なく見聞きするものと共有されている記録が結びつくことで、言葉にできない手触りとしての記憶が想起される。 私は、風景と敵に対する眼差しを想像するためにトーチカをピンホール・ルームにし、小さな窓から見える風景を像としてフィルムとノートに写した。
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