読み込み中…
どう表現するか、どうしたら時代性を吹き込めるか考える段階で、自意識が勝ってしまい、自我に囚われていたように感じます。普遍性を求めるのであれば、自意識を内に納め、他者のために彫る。そう思い出すと、こう彫ろうとか、ああ彫ったら新しい表現になるかもしれないという意識は薄れ、自分は刃物と化す。誤解を恐れず言うならば、神のために彫ると言った方がいいかもしれません。最近、自分がしょい込んできた重荷から少しづつ解放されてきた気がします。
終了
この展覧会の記事・批評をご存じでしたら、+ メディアを追加