
日常の隣に潜む「入口」 「ある住宅街を歩いていた折、庭先に佇む一頭の鹿とふと目が合った瞬間、時間が止まったように感じられ、見慣れているはずの風景が、突如としてまったく異なる世界への入口のように立ち現れた。」 タイトル「Paradisus Ostium ―楽園の入口」は、この体験に由来している。 今展覧会は、日常のその先にごく稀に訪れる、世界の見え方が反転するような瞬間を掴み取り表そうとする試みである。 充溢に満ちた記憶の糸を辿って 時任にとって、日常の中で感じる異なる世界の入口は森や自然の中にあった。 母の郷里である沖縄には、多くは森の中にひっそりと存在し、社殿を持たず、岩や木そのものを神の依り代とする聖域「御嶽(うたき)」がある。 時任は幼い頃から幾度となく沖縄を訪れ、その土地に触れてきた。 また、小学生の頃には、通学路を外れて森の中に足を踏み入れ、一見「何もない」はずのその場所が実は静かな充溢に満ちていることを肌で感じた経験があるという。 こうした幼少期の記憶から呼び起こされる、時任にとって日常と隣合わせにある「日常のその先の世界」は制作の重要なテーマとなっている。 色彩の深みを求めて 時任海斗の絵画は、目にした瞬間、目を見張る鮮やかな色彩によって特徴づけられる。 メイン作品「楽園への入口」は、グリーンとイエローが強く訴えかける熱帯の森を思わせる濃密で生命力に満ちた空間に覆われている。 いままでは、主にアクリル絵具を使っていたが、更に色味の深みと奥行きを表現するために最近は油絵具を使う試みをしている。 油絵具を使うことで筆の使い方も変化してきており、気の流れのような動きが出てきている。 また、画面には燃えるような赤い星のかたちをした閃光が配され、脚を大きく開いた黄色い獣が堂々と立っている。 こうした獣や鳥、木や森や植物は日常と異界のあいだをつなぐシンボルとして繰り返し立ち現れる。人工物をほとんど描かず自然のモチーフを取り入れるのは幼少期の経験によるものだという。 このように、時任が描く世界は、豊かな色彩と様々ないきもののかたちをしたシンボルたちが重力から解放されたように伸び伸びと存在する世界として顕われるのである。 新たな次元へ―画中画的表現の出現 画中にはアーチ状に切り取られた画中画のような空間があり、壺からたらいに水を注ぐ女性とそれを飲もうとしている角のある獣が描き込まれている。 そのモチーフは、古代ギリシャ絵画にある水瓶を持って井戸の水を汲む女性を思い起こさせ外界とは対照的な牧歌的な安らぎを感じさせる。 スポット的に異世界が展開する表現は、今展のテーマである「楽園の入口」にも関わるもので最近になって表われてきたものである。 時任の絵画は、時間軸や時空を超越する世界のさらに奥の次元へと展開しつつある。 制作とは―まだ見ぬ豊かな世界を掘り起こす 時任にとって絵を描くことは、「地中深くにある何かに向かって、スコップで穴を掘り続けるような行為」であるという。 穴の深さや評価の基準にとらわれるのではなく、自分にしか掘ることのできない、ある固有の「かたち」を掘り進めていくこと。 その先に、思いがけず大きな岩が外れ、深く豊かな空間が姿を現すことを期待しながら日々キャンバスに向き合っている。 今展覧会は、そうした独自の探求から生まれた作品から、鑑賞者一人ひとりが日常の風景のなかに潜む「楽園の入口」を見出す体験をもたらすだろう。 文責:Quadrivium Ostium 黒田幸代
開催中・9月23日まで
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